まさにこれから山に入ろうというところに
Villefranche de Conflentはある。
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壁に開いた小さな門の奥には
カタルーニャ人の住む集落があった。
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門の内側に残る
かつての跳ね橋の遺構。
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門の脇には、戦災に遭った
子供の慰霊碑がある。
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西側の門から集落を貫く
Saint Jean通り。
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カタルーニャ旗を掲げる
St. Jean通りの土産物屋。
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民家の壁に止まっていた
陶製の蝉。
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東端の広場から
St. Jean通りを望む。
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St. Jean通りは東端の広場に達している。
赤紫蘇のような葉はプルーンの木。
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Villefranche de Conflent

フランスの地中海沿い、といっても
ニースやカンヌなど有名な観光地が連なる
コート・ダジュール(紺碧海岸)ではなく
スペインに近い地方は
昔からカタルーニャ人の居住地だった。

フランス最南端の都市ペルピニャンから
スペインとの国境をなすピレネー山中の
独立国アンドラへの道は
そんなわけで、今なおカタルーニャ人の住む集落を
縫うようにして走っていく。

プラタナスの老木が立ち並ぶ並木道を進み
間もなく収穫の時期を迎える葡萄畑を抜け
雪溶け水に白く濁った急流に沿って高度を上げていくと
不意に、行く手に石積みの城壁が現われた。

西側の門から入るとすぐに広場があり
それに面してレストランが椅子を並べる。
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最初はただの城跡に見えたが
クルマを停めて近づくと
中に集落があることがわかった。

ヴィリュフランシュ・ド・コンフラン。
自由都市という名を冠した小さな集落だった。
フランス、スペイン両大国の侵略に抵抗し
民族独立のために闘った歴史を持つ城塞都市だ。

風がぱたりと止んだ夏の午後
城壁内にはカタルーニャ人よりも
観光客の姿が目立っていた。

けだるく平和なけしき。
その中で、カタルーニャ語を含む
各国語で描かれたレストランの看板だけが
静かに、この地の複雑な歴史を語りかけていた。

ひろば96年7月号より
北側の壁に沿って
細い路地が集落を囲う。
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レストランにあった
カタルーニャ語の看板。
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壁の隙間から
近くの山頂の城を望む。
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Villefranche de Conflentから
アンドラへの道。天候はいつも不安定だ。
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